お知らせ

2025年新年のご挨拶

2025/01/01

明けましておめでとうございます。
当塾は2025年1月22日(月)で丸5年の運営となり、6年目を迎えます。
初年度、2年目くらいまでは、廃業したときには何をしようかなということをよく考えておりました。
自分自身に経営能力が無いことは承知しておりますので、今でも全く考えないわけではないのですが、なんだかんだとしばらくやっていけそうだという希望を持つようになりましたので、年に片手程度しか廃業のことを考えなくなりました(未だに色々心配しながら調べたりしてますけども)。
これもひとえに、ご通塾下さり頑張ってくれる生徒たちのおかげであり、またお預け下さる保護者様のおかげです。
大変感謝しております。
今はどこかのタイミングで教室を1つか2つ増やして、私自身はあと20~25年ほど頑張らせて頂けないかな(あとのことはあとの方に任せるとして)と思う次第です。
今は、そういう希望を持って頑張らせて頂いております。

でも、なかなか人件費も高騰していますし、良い人材はそれなりにお給料を支払わねばならないわけで、そういったことも考えていくと、お月謝を値上げして人件費を得て社員さんにお給料を支払うより、このまま細々と1人で頑張り続けるのも良いのかなあと、若干弱気になっていることも付け加えさせて頂きます(ちょこっとは維持管理のために値上げしないといけないとは思いますが、2025年は値上げしない方向でおります)。
パートさんの社会保険料を支払わねばならないとか、経営拡大に良いニュースは全くありませんね。共倒れを避けるためにも、ちょっと嵐が過ぎるまでは大人しくしているのが良いのかもしれません・・・。

まずは、昨年は申し訳ないことを致しました。
毎年、新中1生は体験授業の段階で2~3名というのが当塾の姿でしたので、2024年もそんなもんやろと思っておりましたら、20名以上の方から体験授業のご希望を頂戴してしまい、結果的に、早かった方から順に10名ちょっとしかご入塾頂くことが出来ませんでした(それでもうちのキャパぎりぎりです)。
その後も、当塾の自習室のキャパシティーの問題もあり、年の途中にご連絡頂いた方も基本的にほぼ全てお断りするしかなく、せっかくのご希望にお応えできず申し訳なく思いました。
ただ、だからすぐに第2教室ということでもなく、塾講師として毎回の授業は当然ながら、どのように長期計画で「線」として子どもたちを伸ばすことが出来るか、そのあたりをよくご存じの講師もしくは、育ってくれれれば3年くらいで何となく掴み始められそうな能力を持っているだろう若い講師でないと、共に仕事をする気はないので、良い出会いが無い以上、まだ1人塾長でやらせて頂くつもりです。
本年は、新小4は1月9日(木)13:00より、新中1は2月6日(木)13:00よりどなた様でも体験授業をお受付致しますので、もしもご希望でしたらお早めにご連絡下さるとありがたいです。
(塾生・卒業生のご兄弟ご姉妹や、過去にご縁があって早めにお受付している方もいらっしゃいますが、新小4は2名、新中1は5~6名ですので、新中1ではあと3~4名ほどのお受付が可能です。)

本年の休塾日
本日の1月1日(祝水)と、7月5日(土)~8日(火)を予定しております。
7月6日(日)を空けるように、友人に言われております。

最近、気になること。
一番は、希望を叶えるための努力量が分かっていない大人も子どもも多くなっているのではないかと感じています。
私たちおっさんの世代は、同世代の人数が多かったものですから、自然と全てにおいて競争があり、私なぞは、運動無理!勝ち目無いし、勉強の方がエアコンが効いている部屋の中で座って出来る仕事に繋がりそうで将来は楽できそうだ!(でも、まさか塾をやるなんて夢想だにしておりませんでしたが)という考えで、小学生の段階で、オフィス勤務を考えて、それだけに学歴はなるべく高くしておこうなどと考えて努力して参りましたが、今の子どもたちは薄っすらとした将来像をどのように考えて行動しているのか、多少なりとも疑問に思うことが増えました。

夢や希望を大きく持つことは非常に良いのですが、大きな夢や希望を叶えるためには、大きな努力と時間が必要だということ、義務と権利が表裏一体のように、夢や希望と努力や時間は同じくセットとして考えねばならないということが、どうにも抜け落ちているのではないかと感じる子ども、そして大人も増えているように思います。

スポーツや芸能で考えたらすごく簡単なのに、どうして勉強となると実感が薄れるのかなとも思っておりまして、例えば、野球で認められて甲子園出場校に進学したい!という子が、週に2回、2時間ずつしか練習をしていなかったとしたら総ツッコミを受けるように思うのですが、勉強となるとツッコまない大人が格段に増えるように思います。大きな結果を残したいのなら、人が見ていないところでどのような努力をするのか?毎日どれくらい他の人以上に努力をすべきなのか?ということが重要なのは、すぐにご理解頂けると思うのですが、上位中学、上位高校に行きたい!上位大学や医歯薬系に進学したい!と希望を持っている場合に、それ相応の努力をしていない子どもに対して、大人はなぜツッコミを入れないのか不思議で仕方ないです。学歴を得るのは、その達成までに他人より多くの時間を、熱意をもって、効率的に、休みたい遊びたいときも我慢して努力し続けたから達成出来たのであって、自分らしくだとか、自分のペースでというやり方で手に入れたものではないのですが(そして、それでも思い通りの就職口が無かったという時代もあったわけで)。

中学受験、高校受験で、例えば、高校受験で桐蔭高校に行くぞ!と考えた場合、和歌山県内の公立中学生の上位5%くらいになっていないといけないのですが、じゃあ、君は上位5%を望むのだから、クラスで1番か2番といえるだけの努力をしているのかい?と問われて、自信を持ってYesと答えられる子はどのくらいいるのでしょうね。希望さえすれば、はいどうぞと与えられるような無料サンプルとは違うので、受験で合格するとなると、それだけの求められるものは必ずあると思うのですが、どうにもそのあたりの認識が薄いなあと感じています。

とにかく、義務と権利もそうですが、表裏の理解が薄くなっている原因は本当に様々で、その点を論じ始めると、とてもじゃないですがここで書ききれなくなってしまうので割愛致しますが、個人的には、夢や希望を大きく持つことは大いに結構!どんな世界に向けてであっても、まだまだ可能性は大きく残っているのだから、自分を卑下したり、小さく考える必要なんか全くありません!でも、その実現には、他の人がやっている努力は当然として、周囲が達してはいないであろう努力量に、熱意を持って、時間をかけて積み上げていかないといけないからね!ということを、もっともっと今の子どもたちに向けて指導するべきなのかという思いと、今は家庭じゃなくて塾がそこまでしなきゃならないものなの?という気持ちが半々です。

それでも、勉強をするというのが何のためか?というと、究極は、現役世代になったときに本人が生きやすくするためなので、その点も含めて指導していかねばならないのかもしれないなと思います。現役時代は40年やそれ以上ありますから、そこを苦しみ続けて生きねばならない状況としないよう、若い間に努力をするという大切なことを、ご家庭でもご指導し直すことが今の時代には特に必要になっているように思います。なお、勉強でなくとも、スポーツでも芸術でも何かしらで人に勝る結果を出せていれば大丈夫なので(能力の問題よりも、人よりも努力をすべきということと、努力の仕方を知っているという証明になりますので)その達成を出来ていれば何ら心配はございません。スポーツや芸術に多大な時間を突っ込んで結果を出していれば、勉強が多少おろそか(偏差値40~45前後くらい)になっていようと、全然問題無いと思いますし、社会もちゃんと子どもを評価します。勉強で結果が無い、スポーツも無い、資格など何も無いとなったときに、社会はその人を評価しないので、そこはちゃんと「我が子フィルター」を外して冷静に見定めないといけません。社会は鬼ではないけど親でもない。人間は、いくつであっても、そのバランスを見失わないようにしないといけません。

まあ、ある程度の勉強が出来ていれば、社会に出て「やっぱり会社勤めは向いてないや」となって、(うちみたいな自営業の)塾講師として口に糊する生活だって出来ますので(贅沢は出来ませんけどね)、そういう権利を得るためには、その前に義務を果たす(他者を上回る努力をする、苦しくても我慢する、休まず弛まず努力を継続する、自分自身を客観的に分析するなど)よう、権利だけを求めるような大人にならないためにも、当塾の生徒だけでなく、全ての子どもたちには努力をして欲しいと願う次第です。私もキューピーコーワゴールド片手に今年もなるべく毎日、頑張りたい子どもたちの気持ちに応えていきたいと思います。

最後に、


森川ジョージさんの漫画「はじめの一歩」42巻の1コマです。
1998年(ですから、27年前!)に発売されて、当時読んでから未だに忘れない言葉です。
努力は成功(=自分の望む結果)を得るための必要条件であるが、十分条件ではない。
当然といえば当然なのですが、普段の生活で見過ごしがちである真理なので、時に思い出しつつ、本年も努力を怠らず、体力も能力も落ち始めた体に鞭打って頑張ろうと思います。それでも失敗したときには笑って許してちょーだいとしか言えませんが、うじうじ後悔だらけの余生にならないように、なるべく残った力を出せるだけ出して頑張れたら良いなと思います。
宜しくお願い致します。

また、髪の減りも止められませんので、この状態なら丸坊主の方が良いなと思い始めています。いつか丸坊主にしてもびっくりしないでくださいね。

以上です。

令和7年度中学校教科書採択

2024/12/02

内容的には令和6年度(今年度)までの教科書と大きく変化していません。
学習量が大きく変わることもありません。
小学校と中学校での英語の接続が心配となることはありますが。
(小学校の英単語を読む、聞く、話す、書くの4分野できちんとできるために、英単語覚えを小学校から始めておければ良さそうです)

和歌山市は、
国語が東京書籍から光村図書に変更、
地理が東京書籍から日本文教出版に変更、
英語が東京書籍から啓林館に変更、
となっております。
(当塾通塾者で、英語の教科書採択が和歌山市と異なる場合の学習法等は、改めてお手紙でご説明致します)

教科書学習効率を高めるためには、家庭内でのICT利用があった方がより良いでしょう(まだ、家庭内で必須であったり、塾内で必要というほど重要度が上がっている印象は無いです。フルICTは目に優しく無さすぎるので、長時間学習をするのにマイナスが大き過ぎると思っています。塾長の目が画面に弱いだけかもしれませんが、集中して物事に取り組むなら紙とペン、パッとアイデアを残したり短時間で済むことだったり、動画の方が分かりやすい情報を得るならITだと思っています)。
そのためにも、
●タブレット+ペン(iPadやChromebookでないといけないかどうかは今後検証したいと思います。また、PC+マウスだとしんどいので、PC+ペンタブや液タブ等のペンで書き込める環境はPC派には必須かなと思います。色々と試したいと思いますが、何とか安いandroidタブレットとペンで済ませられないかなと思っています)
●通信インフラの整備(Wi-Fiの整備は必須級でしょう。ahamo等で月間30GBまで使用出来るものであれば、デザリングで事が済みそうですが、今の子どもに「関係ない動画を見るな」と言っても見ちゃうでしょうし、理科の実験動画など、動画を見た方が圧倒的に理解しやすいものもありますからね・・・)
のご準備が、今年度以上に必要となりそうです。

ただ、必須度がどれだけなのかは未知数なので、2025年4月16日から一般にも販売される、新しい教科書を手に入れてからチェックしてみたいと思います。

個人的には、今の時代であっても紙9.9、ICT0.1程度の時間配分で学習を進めるのがベストだとは思っていますが、その考えがどれほど正しいのか検証したいと思います。もしかしたら、私の感覚が古くて間違っているかもしれませんからね。

令和6年度和歌山の全国学力調査

2024/11/13

http://www.manabi.wakayama-c.ed.jp/zenkoku/zenkokuR4-1.html

https://www.yomiuri.co.jp/local/wakayama/news/20240729-OYTNT50245

このあたり、来年以降もチェックしなきゃいけない備忘録としても残したいところです。
色々読み取れて面白いと思います。

個人的には、公立中学校の校区拡大は、将来的な和歌山市、和歌山県の人口増加(つまりは税収増加)の必須課題だとは思いますが、賢い県会議員さん、市会議員さんが必死に取り組んでいない様子から、不要なのか実現が非常に難しいことなんでしょうね。そこに至るまでのプロセスが多いのもあるし。
でも、スポーツ特化に近い中学校を作れるのなら、勉強特化に近い中学校も作って良いと思うんですけどねえ。あまり目立ったことをすると文部科学省に怒られるので、どう上手く立ち回れるかの研究は必要でしょうが。
校区拡大が出来ないのなら、総受験方式もありだと思いますし、「和歌山は教育熱心な県だ!」となれば、若者人口の増加も緩やかに進みそうですし、Iターン、Uターンも増えると思うのですが。
なんてことを考えられるので、データは面白いですね。